Archive for ‘culture’

December 19, 2013

三宅洋平 × 山本太郎:『大デモ』そして『ザ・パーティー』表現者達の決意

2013/12/19

特定秘密保護法案が成立した翌日、12月7日に渋谷で三宅洋平さんが発案者の『大デモ』が行われた。

選挙や選挙演説の固いイメージを一蹴した三宅さんが発案者である『大デモ』の目的の1つは、日本においてのデモの固く殺伐として近寄り難い、若者ウケしないイメージを変えることだった。「数は力」なので、より参加しやすいデモカルチャーを創出する必要があった。

『大デモ』に参加した人、街で見かけた人、記事で読んだ人、ツイッターやフェイスブックで見た人はどんな印象を受けただろうか?

当日の参加者は特定秘密保護法案に対する「ノー」や脱原発を叫び続けるために来たバリバリの市民活動家から子供連れの家族、若者、ダンサー、ミュージシャン、様々なコスチュームを着た人々やプラカードを持った人々がカラフルで笑顔や表現の溢れる和やかで自由でパレードのような平和のデモ行進をし、サウンドカーはセンスのいい音楽を流し、参加者が行進しながら踊る姿も見られた。「飛び入りOK」のプラカードを見て『大デモ』のことを事前に知らなかった人がデモ行進に途中参加し、スタート時点では3000人程だった参加者は、5500人程に膨れ上がった。

アースガーデン主催のマルシェが広がる代々木公園の集会場所では、安倍芳裕さん、山田正彦さん、座間宮ガレイさん、孫崎享さん、K-DUB SHINEさん、難波章浩さん、そして三宅洋平と山本太郎さんがそれぞれ集まった人々に向かって、秋晴れの空の下話をし人々は熱心に耳を傾けた。

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そして大デモの後、渋谷のclub axxcisで行われたアフターパーティー、『ザ・パーティー』も凄まじい盛り上がりを見せた。演説やトークショーでは「好青年」という感じの印象を与える三宅洋平さんだが、本業のバンドマン三宅洋平となるとまた目の色や迫力が変わってくる。

「山本太郎に指一本触れたら、俺たちが許さねーぞっていう迫力を出してこうな。紹介します!山本太郎!」

『ザ・パーティー』のステージ上に三宅さんは山本太郎参議院議員を呼ぶ時にこう言った。12月の衆議院選挙の頃から続いている山本さんと三宅さんの絆の強さが伺える。

ステージに現れた山本さんは「政治家らしくしろってよく言われます。政治家らしくしろって。くそくらえだー!政治家らしくするってことが、空気を読むってことばらば、政治家なんかくそくらえだー!」と選挙中と変わらぬブレない態度で、盛り上がる聴衆と熱気でいっぱいになったライブハウスで叫んだ。そして山本さんは前夜に成立した特定秘密保護法案について語った。

「昨日ね、最悪の法律が通ったけど、これ絶対に止められる。どうしてかって言うと、ここまで人間を馬鹿にした、こんな法律が通るなんてあり得ない。そうですよね?この中に自民党に投票した人いますか?これが民意ですよ。これがみんなの声ですよ。これが聞こえないなら、政治家なんてやめてしまえー!今日のこの夜を最高のグルーヴにしているのは、この自由な表現者達の存在ですよね。そしてこのフロアで踊っている自由な表現者達の存在ですよね。その表現の自由を奪わすような法案、法律、潰す以外ないでしょ。とにかく僕たちは今試されている。国が言えば、お上が言えば、全て言う通りにするだろう。1年経って、2年経って、3年経てば、すぐに忘れるような馬鹿だって、あいつらは思ってる。でも違う。今回のこの件に関しては絶対にけじめとってやりましょうね。…絶対にひっくり返してやるぞ!絶対に忘れないでよ!山本太郎が倒されても三宅洋平がいる。三宅洋平の次に立ち上がるのは誰や!全員で立ち上がろう!…国会の中にいる奴らが1番心配しているのは、自分がこのままずっと政治家を続けられるかっていう心配だけ。自分の党がどれだけ大きくなれるかってことだけ。『だったら俺たちの声を聞けよ』そのことを教えてやろう!」

山本さんの真っ直ぐな訴えに人々は沸き、歓声と熱のこもったフィードバックがライブハウス内を渦巻いた。

山本さんがステージを去った後に、三宅さんはバンドの演奏をバックに語り始めた。

「俺たちがこうやって踏み出してゆくことによって世の中のいろんなリアリティーが俺たちのものになってゆく。今日だって太郎君はここへ来る為に警察の警護を申し出られてる。だけど今日は申し訳ないけど出番が遅くなってしまうってことで、警察にも先に帰ってもらったよ。じゃあ太郎君守るのは誰なんだ?太郎はこう言った。『今日はみんながおるから大丈夫やろ』これが今の日本の政治のリアリティーなんだよ。今この国で自由にものを言おうとすると命を懸けなきゃいけないんだ。1人でも多くが一刻も早く立ち上がることが、俺たちの孤独を癒してくれる最大の勇気なんだ。だから立候補しろとばかりは言わないよ。ただ自分の中のマラドーナ、自分の中のチェ・ゲバラ、自分の中のジェームズ・ブラウン、マイケル・ジャクソン、ボブ・マーリー、どこにいるの?探して!探して!探してよ!ヤーマン!それは何も特別なことじゃないんだ。日々俺たちは1日1日営みを繰り返している。営みの中にハートが入って行けばそれは自然と世の中を良くしてゆくことに繋がるんだよ。デモって何の為にやるんだろう?世の中を変える為にやるのかな?違うよ。俺が変わるためにやったんだよ今回は!同じでしょ!同じでしょ!世界を変えるなんてたいそうなことは言えないよ。日々俺の怠け心にパンチ入れるんだよ。もっとやれ!もっとやれ!三宅洋平もっとやれって!俺を一番応援してんのは俺自身なんだ。その為に今日デモをやる必要があったんだよ。俺は俺の心に火をつけ続けたいんだよ。そこでみんなの顔を見る、もっと火がつくね、勇気が湧くね。そこにはサスティンナブルなエネルギーが流れてるんだよ!これが循環型の社会!人間イズ最大のフリーエネルギー!…ボブ・マーリーはルード・ボーイの代表だったよね。ルードボーイってなんだい?マフィアでもない、軍隊でもない、ポリスでもなければ政治家でもない。街にいる普通のお兄さん達の正義が一番正しいんだよ!ゲットアップ!スタンドアップ!立ち上がれ街のお兄さん!ゲットアップ!スタンドアップ!立ち上がれ街のお姉さん!」

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三宅洋平さんや山本太郎さんの周りでは、冷めた空気を吹き飛ばすエネルギーが渦巻き、心に火のついた人々の目つきは変わり始めている。

今日の夜19時からは、今年最後の日本アーティスト有意識者会議NAUが開催される。一般の人々も番組観覧可能。出演者は三宅洋平、DELI、椎名純平、斉藤まさし、座間宮ガレイ、岡本俊浩で、Anta MEDIAによる生中継も行われる。

大デモホームページ:http://bigdemo.jp/

大デモに関する記事:http://www.huffingtonpost.jp/2013/12/07/big-demo_n_4405941.html#slide=3197541(ハフィントンポスト)

http://blogos.com/article/75423/(BLOGOS)

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November 7, 2013

【第9回:日本アーティスト有意識者会議NAU】三宅洋平、吉原毅、座間宮ガレイ、そして名も無き何十万という群衆(もしくは有意識者達)の話

2013/11/7

10月31日、夜8時過ぎ、NAU(日本アーティスト有意識者会議)の月に一度の番組配信で、「選挙の方が目的が1個でわかりやすかった。アフター選挙のが大変」と、三宅洋平さんは生中継の会場に足を運んだ約30人の人々と、ネット配信を見ている視聴者に向かって話し始めた。

選挙後、三宅さんは多くのインタビューやイベントに出演しながら、音楽活動、政治活動、共に続けている。

三宅さんは、今週末11月9日、10日に自身が沖縄で始動した野外音楽フェス「残波ジャム」を控えていて、来月12月7日には、自身がプロデュースする初のデモ「大デモ」があり、準備を進めている。

今回のNAU生放送のゲストは、日本で最初に脱原発宣言をした金融機関、城南信用金庫の吉原毅理事長と、初のネット選挙で、ブロガーという独立した立場から、独自に築いたネットワークとユニークな発信方法で山本太郎さんの選挙をブレーンとしてデジタルとアナログの両サイドからサポートし、選挙フェスでは自らステージにも上がり日米原子力同盟について演説をした座間宮ガレイさん。

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吉原毅さん、座間宮ガレイさん、そして三宅洋平さん、現在それぞれのフィールドで先陣を切って日本の未来を切り開こうとしている3人の有意識者が、それぞれの切り口から今までの日本、これからの日本について語った。

それぞれのトークの要所をまとめて紹介する。

【吉原毅:城南信用金庫理事長】

吉原毅さんが番組中に最も時間をかけて語ったのは、「お金」とは何か、という根源的、哲学的、道徳的なテーマだった。彼は自身のことを、健全に的確にお金を使ってもらえるように融資をするプロ、と職業的な自分の立場を明確にした上で、現在の日本の大きな問題の1つは、「お金」に対する問題意識が皆無であることだと語った。

昔は高校生も大学生も、商店街のおじさんやおばさんも、「お金とは何か」といったようなことに対する意識を持っていて、皆それについて真剣に議論をしていたと吉原さんは言う。その頃人々は現在のように、お金とは良いものだ、大事なものだ、無くてはならないものだ、と手放しで盲信的にお金や経済を崇拝しなかったと言う。

お金は人の心に麻薬のように作用するものであり、道徳や哲学がそれを制御する為に必要であるが、お金に対する問題意識や道徳心は、70年代の後にぶち壊されていったと吉原さんは語った。

お金や「豊かさ」によってもたらされた「自由」によって、人々は手を取り合って助け合う代わりに、お互いに距離を置くようになってしまった。お金がもたらした「自由」によって人は表面上では1人で生きてゆけるようになった。 人々はバラバラになり、地域のコミュニティーや、血の通った人と人との繋がりは失われていった。そしてコミュニケーションの手段がお金しかなくなってしまった。戦前には普遍的だった大家族も姿を消し、戦後には一般的な家庭の形は核家族となり、そして現在はその核家族の残骸のようなものがある。

「豊か」であっても、コミュニケーションや人と人との繋がりが希薄で、心の貧しい社会となってしまったわけである。

廃炉問題とそれにかかる費用についての質問に対して、吉原さんは、東電は廃炉費用はおそらく計算していない、見て見ぬふりをして、問題を先送りにしている。問題を先送りにするのは「不良債権」そのものであり、不健全な未来しか見えないような事業(原発事業)はやらない方が良い、と金融業者らしい意見を述べた 。

「リスク」と「クライシス」とはそもそも全く異なるものであり、金融機関が「クライシス」(この場合は原発事業)にお金を融資するというのは、そもそもあってはならないことであり、責任のある相手にしか融資をしないのが、責任のある金融機関であると述べた。しかしメガバンクは、原発に対して「乗りかかった船」状態になっており、引くに引けない、今更梯子をはずすことができないでいるのだと言う

これから日本社会をシフトしてゆく為には、今現在日本で原発は一基も動いていないという事実や、それでも電気は余裕で足りているという事実、そしてどのくらい余裕があるのかなど、正確かつシンプルな事実を伝えてゆくことが大切だと吉原さんは語った。

生放送中、小泉純一郎元首相と城南信用金庫の関係も話題に持ち上がった。最近になって小泉純一郎元首相の脱原発発言がメディアによって多く取り上げられているが、去年4月の段階で、小泉純一郎元首相は脱原発についての講演を、約1000人の城南信用金庫のお客様を招待したパーティーで行っている。

自民党とは、歴史的に原発を推進してきた張本人である。自民党の小泉純一郎元首相の脱原発発言について、吉原さんは「方法が目的化してはいけない」という切り口から語った。政治とはイデオロギーやプロパガンダや主義主張の激しい世界ではあるが、「あいつとは手を組みたくない!」というのは、単なる稚拙なエゴやプライドであると言う。目的や理想を忘れた政治家達は、「単なる当選した人達の集まり」でしかなくなってしまい、自分のイデオロギーや派閥にしがみつき、結局存在することはできても、理想や目的を達成できない。民主党が失敗したのもまさにその為であり、彼らは選挙で勝って存在することはできたが、目的を果たすことはできなかったのだ、と吉原さんは言う。

分断と争いは簡単だが、融合は難しい。逆に言えば、自民党の強みとは彼らの「アメーバ性」であり、今は過去のことを水に流して、脱原発の為に手を取り合うタイミングである、と吉原さんは言う。

【座間宮ガレイ:ブロガー】

2011年3月11日からノンストップでリサーチや発信を続けている、ブロガーの座間宮ガレイさんは、参議院選挙中は、山本太郎参議院議員のブレーンとして、独自のネットワーク感覚や感性、様々な媒体を利用したユニークで機敏、そして感情や血の通った発信方法や拡散方法を駆使して活躍していた。

ネット選挙最前線を突っ走っていた座間宮さんは、今回「ネットワークの本質」について語った。

ネット選挙では、選挙に関する情報の伝達スピードが著しく変わったことや、それによって機動力が断然上がったこと、人を集めることが容易になったことなどがあるが、座間宮さんが、ネット選挙を通じて気づいた「ネットワークの本質」というのは、ネットワークは「当事者意識」を生むということだった。

何らかの組織に属することと、ネットワークの一部を担うこと、座間宮さん風に言うと「ネットワークコア」となることは全く異なる経験だ。ネット選挙中に人々の間に生まれた、自分は血の通ったネットワークのコアであるという意識と感覚は、自分がまさに選挙情勢を変える当事者であり、情報発信者であり、運動の一部をつくっているのだということを、人々に強く意識させたと座間宮さんは言う。それによって今回の参議院選挙では、山本太郎さんや三宅洋平さんの周りで、自発的な運動員が増殖した。

「ネットワークコア」の特徴としては、コアにいる人々が動くことによって、運動がより共有、拡散、展開されると同時に、今まで外にいた人々もコアに呼び込まれ、コアとして動き始めるというところだ、座間宮さんは説明する。

例えば、彼の動きを見ていたアメリカ在住の友人は、参院選中にアメリカから東京にいる友人に1日10本投票を呼びかける電話をするというノルマを自身に課していた。彼は新たな「ネットワークコア」となったわけだ。

このように多くの人々が血の通った動きをしたのは、単純に情報の拡散が容易なデジタルなネット選挙だったからではなく、アナログなエネルギーが介在したからであると座間宮さんは語る。自分が見て感動したものを他の人と共有したい、という気持ちがそこにはあった。そのように伝わっていったもの、共有されていったものは、単なる情報ではなく、感情でありモチベーションであったのだと座間宮さんは言う。

今回の参院選中に、ネットワークコアとして動いた人々の中には、親子関係が復活したというようなケースもあったという。サッカーや野球の話をしても、何をしても駄目だった親子関係が、選挙をきっかけとして復活する。政治の話が極めて良い会話のトピックになったというケースもあったようだ。

選挙が終わった今、選挙中に構築され、山本さんや三宅さんをつくりあげたネットワークを今後に生かす為に、座間宮さんは新たに、「3年後政治状況をひっくり返すための100万人無料メルマガプロジェクト」を始動。まだ100万人には遠いが、メルマガ登録者は3日で1000人に達した。7日現在の登録者数は1710人。メルマガは、書かれた記事が登録者に直接メールで送られる、つまり登録者がわざわざサイトを見にいかなくても届くので、デジタル媒体の中でも、とても直接的な媒体だと座間宮さんは述べた。

【三宅洋平:ミュージシャン】

日本アーティスト有意識者会議の発起人である三宅洋平さんは、今回の放送では主に自身がプロデュースする初のデモ、「大デモ」についての話をした。

「大デモ」の目的は、デモをカジュアルに楽しくすること。三宅さんのプロデュースする「大デモ」は、パリやベルリンでの多くの若者が参加する、楽しいデモをモデルとしている。大規模なデモがあると、10ヶ月後に出生率が上がるというデータもあるらしい。デモが男女の出会いの場にもなっているのだ。政治について語り合ったら惚れちゃったということも多い、子供もできてめでたいことばかりだ、と三宅さんは冗談混じりに、しかし楽しみそうに語った。

デモには社会的メッセージもあるが、デモを難しくしすぎてはいけないと三宅さんは言う。「群衆とは力である」ということを示すのがデモの本当の目的であるからだ。「名も無き何十万という群衆」という大きな存在としてのメタメッセージは、政治家達には大きなプレッシャーとなる。意識を持った「群衆」というものがこの国には存在しているということ自体が悪政を抑止する力となる。

原発事故後は、約40年間もの間大規模なデモが行われなかった日本でも、大規模なデモが数多く起きた。マスコミはそれらをほとんど報じなかったが、それは報じたくないくらい「やばい」ということなのだ、と三宅さんは言う。政権は群衆を気にしているからこそデモを報じないのだ。マスコミが報じないからデモをやっても意味がないのではない。デモは、「僕ら」という存在はこれだけいるのだということを示す、今は黙っているけれど、「僕ら」はきちんと政府の動向を見つめているし、いざとなったら行動にも出る、あまり調子に乗るなよ、というメッセージを送るものだ。「大デモ」は現在参加団体を募集中。勝手連など、自分の自己表現をデモの中に叩き付けて欲しい、と三宅さんは締めくくった。12月7日「大デモ」の出発点は代々木公園。

ようやく目覚め始めた日本、吉原さん、座間宮さん、三宅さんのような人々、そして無数の有意識者達が勇気や愛や決意を持って先陣を切って旗を立てている。皆が見えるように理想を空に打ち上げている。そして今は空にあるその理想を土に降ろし、しっかりと根を張らせるのは、「名も無き何十万という群衆」の役目である。

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毎回違ったゲストを迎えて行われる、NAU生中継は月に一度。一般の方が生中継を会場で閲覧することもでき、定員は30名限定。

次回は11月21日。

第10回 日本アーティスト有意識者会議 NAU
日時:11月21日(木) 20:00~
配信:http://ustre.am/KiNq
出演: 三宅 洋平 / 菊地崇(LJ編集長)
ゲスト:山本太郎(参議院議員)
沖野修也(DJ/クリエイティヴ・ディレクター)

October 22, 2013

『みんなでつくる民主主義』ワークショップ:草の根から「合意形成型」の民主主義とコミュニケーションスキルを育む

2013/10/22

「参加型民主主義」という言葉が多く使われるようになりました。民意を国政に反映させるのが民主主義なので、もちろん始まった当初から民主主義は参加型なのですが、民主主義の形骸化が深刻になり、「参加型」という言葉が新鮮に響くまでになりました。

民主主義が「参加型」であるということの他にもう1つ着目するべきことは、民主主義で大切なのは、多数派の意見をどんどん通してゆくことではないということです。民主主義は多数決で決まったことをただやればいいというほど単純なものではありません。参議院と衆議院で過半数が取れたからといって、何をしてもいいわけではないのです。多数派だけではなく少数派の意見や立場や価値観も反映させながら、話し合いを通して共通のニーズをあぶり出し、「合意形成」をし、様々な人々が暮らしやすい社会をつくってゆくのがより優れた民主主義のあり方です。このような民主主義のあり方については、”ハト派”政治家、元自民党総裁の河野洋平さんもラジオフォーラム第40回放送で語っています。

それではこれだけ多様な立場や価値観やライフスタイルの混在する世の中で「合意形成」は一体どのようにしていったらいいのか?

この難題に答えてゆけるようになる為のワークショップ、『みんなでつくる民主主義』が、10月1日に冨田貴史さんと中園順子さんを講師に迎えて、世田谷区の南北居酒屋チャランケにて行われました。

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このワークショップは、政治に対して無関心な人に大切なことを伝えたり、対立意見を持つ人々と建設的な会話をしたり、人々を分断する多数決やディベートではなく、様々な意見、立場、見解を擦り合せて検討し、「合意形成」をして物事を前進させるスキルを磨く為のものです。「まわりの人にうまく伝えられない」という悩みを抱えた参加者がそれぞれの直面しているリアルな問題、現状をシェアし、ノウハウや実践例を交換し、コミュニケーションスキルを学び磨き、試行錯誤し、草の根からしっかりと民主主義を育んでゆくというのが、このワークショップの中心課題です。

ファシリテーターの冨田さんと中園さんの的確な進行や、洗練された言葉やトーンや前置きによる補助の元、参加者は話す、聞くという基本的なスキルを意識するとともに、実際的なマーケティングやブランディングに関するノウハウや、チャンクアップ/チャンクダウンのスキルなど、すぐに実践できる様々なことを学びました。

建設的な話し合いをする為のコミュニケーションの基本的な心得や、ポジティブ・ピースとネガティブ・ピースの違いなど、以下でワークショップから抜粋した内容をいくつか紹介します。

①聞き方

人の話をきちんと聞くということは、基本中の基本ですが、他の人が話している時も自分の主張のことを考えていたりと、意外にできていないことがあります。

相手の話をしっかりと聞くという姿勢は、建設的な話し合いをする上でとても重要です。自分の意見や立場が相手のそれよりも重要であり正しいという前提の元に話し合いに臨むよりも、オープンなスタンスで臨む方が冷静に建設的な話し合いができるからです。

相手が話している時は相手の話をきちんと聞くということを、基本に立ち返ってもう一度意識し、聞くときは自分のことを考えるのを一旦やめて、相手の話を聞くことだけに集中する癖をつけるといいでしょう。

これは特に対立意見を持った相手や、温度差のある相手と冷静な話し合いをするには重要です。気の知れた仲間と話すのが楽なのは、すでにお互いが類似した見解を持っているので、おかしなことは言わないという安心感もありますが、それに加えて「聞く」ことにかかるエネルギーが少ないからでもあります。

特に熱心に勉強をしている人にとっては、対立意見やリサーチ不足や考えの足りない人の話を黙って聞くのは時に簡単なことではありませんが、伝えることだけに必死になっても、コミュニケーションは成立しないことが多いのです。

政治家の演説も悪いコミュニケーションの一例となりうるでしょう。多くの政治家は、雄弁かもしれませんが、必ずしも国民側は彼らの言葉を熱心に聞くわけではありません。その要因の一つとして、国民側の心の中には、政治家は自分たちの声など聞いていない、どうせ政治家は民意を反映するつもりはない、と感じているということもあるでしょう。自分の話を聞いてくれない傲慢な相手の話は聞きたくないというのは普遍的な心理です。

議題に対して自分と違った見解を持っている相手と話すときは、相手の言ったことをリフレーズしたり、要約したりして「オウム返し」で相手に返し、相手にこちら側の理解が正しいか確認するのが有効です。そうすることによって自分が相手の立場や見解を理解、把握するだけでなく、こちらがきちんと話を聞いているということを示すことができるので、相手も安心し、より話しやすい空気をつくることができます。

②話し方

勝ち負けを決め、分断を深めやすい多数決型のディベートではなく、コンセンサスをつくりあげてゆく、合意形成型の話し合いをするには、相手を論破したり、意見の合わない部分を強調、ハイライトして既に存在している溝を更に深めるのではなく、二つの異なった意見の間に存在する共通したニーズを指摘し、合意できる部分をあぶり出すことを意識することが大切です。

言葉のチョイスとして「意見」よりも「立場」という言葉を使うとニュアンスや印象が柔らかくなったりもします。一つの伝え方に固執せず、メッセージを伝えるには、どのような言い方、伝え方、方法が有効なのか、クリエイティブに考えてみましょう。

明らかに対立した意見を持っている相手と話すときは、熱くなって喧嘩になってしまうようなことも充分ある得ることですが、そのような時は、戦っているのはあくまでも「主張」同士であって、その主張を持った本人同士ではないということを頭に入れておくといいでしょう。主張が違うからと言って、相手を憎んだり喧嘩をする必要はありません。

自分でリサーチをすることや、トピックについて事前に勉強してから話し合いに臨むという基本的なことももちろん大切です。

③建設的な話ができる「場」のつくり方

大人数で話すときも、一対一で話すときも、円滑で建設的なコミュニケーションの成立しやすい、「場」や「環境」や「ペース」や「空気」をつくることは非常に大事です。

このワークショップ自体も、意識的に創出された、民主主義について話す「場」であるわけです。そして冨田さんと中園さん、そして参加者によって話しやすい「空気」や、皆が参加できる「ペース」や、建設的な話し合いのできる「環境」がつくられました。

ワークショップはまず、参加者全員がお互いの話を聞き、話し、お互いについての情報を共有することから始まりました。自己紹介、ワークショップに来た理由、ワークショップに何を期待しているのか、コミュニケーションのどのようなところに苦手意識を持っているのかなど、参加者全員がそれぞれ話し、それぞれの立場や直面している問題や苦手意識をまず共有しました。

必要な情報や苦手意識や抱えている問題やそれぞれの立場を共有しておくことで、白紙の状態で急に話を始めるよりも話合いをスムーズにすることができます。

緊張せずに話せるようにリラックスした空気をつくったり、とりとめなくだらだらと話すのではなく、何の為に話し合っているのか目的を時々確認しながら話したり、どちらかが一方的に話し、どちらかが一方的に聞くということになってしまわないように、バランスに気を配ることも大事です。

④ポジティブ・ピース vsネガティブ・ピース

ピース(平和)には2種類あります。

ポジティブ・ピースは、話し合いのなどの成果により、みんなが納得した状態がつくられ、誰かを犠牲とすることなく成立している平和な状態。

ネガティブピースは、誰かが犠牲になったり我慢したり、時には財産や健康や人権や命を失うことによって成り立っている平和のこと。

現在の日本の「平和」はどちらでしょうか?現在日本は戦争をしない平和な国と一般的には認識されていますが、果たして日本は本当の意味で平和なのでしょうか?日本の風土は年間3万人を自殺に追い込む風土です。日本には昔から労働問題や沖縄の基地問題があり、2011年には深刻な原発事故を経験しましたが、現政権はその深刻さを真っ向から否定しています。大企業優先の経済がアグレッシブにつくられ、自然や古いものや商店街やコミュニティーに基づいた地域経済や、人間一人一人の主体性は無視される傾向にあります。

これはポジティブ・ピースでしょうか。それとも多くの人々が我慢し犠牲になることによって成り立っているネガティブ・ピースでしょうか。

ポジティブ・ピースをつくってゆくには、もちろんコミュニケーションが必須となります。しっかりと相手の話を聞き、伝えるべきことは伝わる方法で伝える努力をし、共通のニーズをあぶり出し、合意形成することで辿り着けるのがポジティブ・ピースです。

この合意形成の為の話し合いは、「和」を重んじる国民性を持つ日本人が、本当の意味での「和」、ポジティブな「和」をつくるためにまさに必要な技術なのではないでしょうか。

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*   今後の『みんなでつくる民主主義』ワークショップ開催予定

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2013/11/14 (木) 『みんなでつくる民主主義』ワークショップ VOL.3

場所:カフェ・オハナ
・午後の部=14:30~17:30
・夜の部 =19:00~22:00
ファシリテーター:冨田貴史&中園順子(まるじゅん)
参加費:2000円

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2014/2/10 (月)     『みんなでつくる民主主義』

場所:南北居酒屋チャランケ

ファシリテーター:冨田貴史&中園順子(まるじゅん)

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*ファシリテータープロフィール

・冨田貴史
京都在住。全国各地で年間300本以上のイベント・ワークショップを続けている。ワークショップのテーマは暦、エネルギー、手仕事(茜染め、麻褌、鉄火味 噌など)、自家発電など。『母笑み疎開保養大作戦~海旅Camp』共同代表。2013年春、大阪中津にて養生のための衣食を自給する冨貴工房オープン。宮 崎県串間にて福島の子どもたちのための保養施設作り準備中。著書「わたしにつながるいのちのために」、「今、わたしにできること~目に見えないものをみつ めて生きていく~」ほか
http://takafumitomita1320.cocolog-nifty.com/blog/

・中園順子(まるじゅん)
大量生産・大量消費の世界に疑問を感じ電通を15年で退社。コピーライターの経験を生かし、個人も地球も持続可能な幸せを実現するための情報発信中。トラ ンジションタウン(TT)やエコビレッジに関するイベント/ワークショップ開催なども。NPO法人トランジションジャパン副代表理事、パーマカルチャーデ ザイナー、ヨガインストラクター。現在日本最南端のTT、オーガニックいとまんchuで活動中。
http://organicitoman.ti-da.net/
http://marujun.ti-da.net/

October 10, 2013

【東北ライブハウス大作戦】人と地域と世代を繋ぐ、被災地の3つのライブハウス “Tohoku Live House Daisakusen” 3 Music Venues Built In The Tsunami-Stricken Areas To Connect People, Communities and Generations

2013/10/10

音楽やアートや文学の役割は簡単に定義できるものではないが、311の震災、津波、原発事故後に、日本では多くのアーティストやミュージシャンが「これからアーティスト、表現者として、傷ついた日本や人々の為に何ができるか」と同時多発的に考え行動し、1つの大きな動きとなっているというのは、周りを見渡し耳を澄ませばわかるだろう。東北ライブハウス大作戦は、3.11に反応したアーティスト達により立ち上げられた多くのプロジェクトのうちの1つだ。

Even though the role of music, art and literature isn’t easy to define, if you look around and listen carefully in Japan, it is obvious that there are countless artists simultaneously thinking and acting as a reaction to 3.11 earthquake, tsunami and the nuclear disaster, and creating a single wave as a result. Tohoku Live House Daisakusen (Operation Tohoku Live House) is one of the projects started by a group of artists who reacted to 3.11.

東北ライブハウス大作戦は、西片明人さんが代表を務めるSPC Peak Performanceというサウンドエンジニアチームが立ち上げたプロジェクト。彼らは津波被害を受けた東北三陸沖沿岸地域にある3つの街、岩手県宮古市に「KLUB COUNTER ACTION MIYAKO」、大船渡市に「LIVEHOUSE FREAKS」、宮城県石巻市に「BLUE RESISTANCE」を建設。震災後のわずか1年余りの短い期間で、2012年8月に宮古と大船渡、10月に石巻のライブハウスがオープン。目的は、人と地域と世代を繋ぐため。そしてその基盤となる「場」をつくるため。

SPC Peak Performance, a team of sound engineers represented by Akihito Nishikata, started out Tohoku Live House Daisakusen. They decided to build 3 music venues in Tohoku Sanriku area that were heavily damaged by the tsunami. “Klub Counter Action Miyako” in Miyako, Iwate prefecture, “Livehouse Freaks” in Ohfunato and “Blue Resistance” in Ishimaki, Miyagi prefecture were built in 2012, about a year and the half after the tsunami. The purpose is to create “places” to connect people, communities and generations.

ライブハウス建設の費用捻出は、募金やGOODS販売、さまざまなイベントの収益、チャリティーCD、木札作戦など、全国の賛同者・仲間達の協力で可能となる。

This project was made possible by the donations, the sales of the charity goods, profits from various events, Kifuda Sakusen (operation) ,and thanks to advocates and friends from all over Japan.

筆者は先月9月14、15日に、群馬県の水上高原リゾート200で行われた野外音楽フェス、New Acoustic Campにて、東北ライブハウス大作戦のブースを訪問し、関係者の方にインタビューを行った。

I visited Tohoku Live House Daisakusen’s booth at a music festival called New Acoustic Camp held in Gunma prefecture on Spetember 14-15 and interviewed one of the staffs of the Daisakusen.

東北ライブハウス大作戦のブースでは、プロジェクトに賛同しているアーティストのメッセージ付きの写真がずらりと掲載され、大作戦のイベントのフライヤーが並び、ライブハウスの運営などをはじめとする活動の為の資金源となるTシャツなどのチャリティーグッズの販売が行われた。

At the booth of Tohoku Live House Daisakusen, there were the photos of the supporting artists with their messages all over the tent, many flyers of their events, and the charity goods such as T-shirts to raise money for their music venues.

東北ライブハウス大作戦のブースの隣には幡ヶ谷再生大学のブースがあり、震災後に何トンもの米や食料を被災地に届けたり、被災地で子供達が遊べる公園を作る作業などを記録した多くの印象深い写真が展示されていた。

Right next to Tohoku Live House Daisakusen was Hatagaya Saisei Daigaku (Hatagaya Re-birth University) ‘s booth, and the photos displayed there told the stories of people who delivered tons of rice and food to the disaster-stricken areas in Tohoku and worked on the rebirth of the communities after the disaster.

インタビューに答えてくれた、大作戦のUstream班で活躍している高橋さんは、大船渡のライブハウスを拠点に育った若いバンドが、例えばツアーで東京でライブをやって、「大船渡出身のバンドです」と言える日が来るのを楽しみにしていると語った。大作戦で活動をしていると、東北と東北の外との繋がりが確実に生まれてきているのを感じると彼は言う。

The interviewee Mr. Takahashi said that he is looking forward to seeing the days when musicians who grew up based around these venues go on tour and say that “we are from Ohfunato,” in other parts of Japan. Mr. Takahashi, who is witnessing this project growing, says that the connection between Tohoku and the other parts of Japan is already starting to build.

人々が集まり出会い、表現を磨き、コミュニティーをつくることが可能なライブハウスという場所を被災地につくることで、地元でバンドや文化や繋がりが育つ。そしてゆくゆくはこれらのライブハウスを拠点にして育ったミュージシャン達が音楽を通じて更に広い繋がりをつくってゆく。そのような未来へ繋がってゆくビジョンを東北ライブハウス大作戦は持っているようだ。

By building music venues in the disaster-stricken areas, they are providing the place where people can gather and meet, polish their expression, and create communities. And eventually the musicians based in the area will make even larger connection through music. Tohoku Live House Daisakusen’s vision is very much focused on the future.

有志で集まったミュージックビデオ関係者が製作した、東北ライブハウス大作戦のドキュメンタリー映画の公開も始まっている。ドキュメンタリーは2012年の9月12日から16日まで行われた「AIR JAM東北ライブハウス大作戦TOUR」を中心に撮影され、大作戦に関わる人々や繋がりを追った映画。TOSHI-LOWさん(BRAHMAN)、クハラカズユキさん(The Birthday)、りょーめーさん(爆弾ジョニー)がナレーションを担当している。

Their documentary movie created by a team of volunteers from the music video industry is now playing as well. The documentary, narrated by TOSHI-LOW (BRAHMAN), Kuraha Kazuyuki (The Birthday) and Ryomei (Bakudan Jhonny), focuses on one of their projects “AIR JAM Tohoku Live House Daisakusen Tour.”

今週末の10月12日に、大阪市のNOON+CAFEで上映会が行われる。1ドリンク制で、鑑賞料は投げ銭。現在全国でライブハウス、映画館、カフェなどの上映場所を募集している。鑑賞料は投げ銭制で、収益は今後の大作戦の活動資金となる。

The movie will play at NOON+CAFE in Osaka on October 12. They are looking for more places such as music venues, movie theaters and cafes to show the film all over Japan. The tickets fees are suggested donation, and the sales of the movie will be the fund for the venues.

忘れられ、孤立してしまっていると言われがちな被災地だが、このように強い意志を持って繋がりをつくり出そうとしている人々がいる。彼らの間には、世間一般に充満しているような諦めや無関心や悲壮感は無い。代わりに彼らにはクリエイティビティーやビジョンや行動力や生命力がある。

Generally speaking, the disaster-stricken areas are rather forgotten and isolated from the rest of Japan. However there are people with strong will working on making the connection. Among them, there are no feelings of pessimism, apathy and give up, which seems to be a pervasive mood among the general population. Instead, they have creativity, vision, action and spirit.

被災地に建設された3つのライブハウス。震災後の瓦礫の中に建てられたライブハウスの景観は、東北の人々や、訪れた人々や、それらを実際に建ちあげる為に力を尽くした人々の目にどのように映り、これからどのような繋がりや文化がそこから生まれるのだろうか。

3 music venues standing in the devastated areas. What would they look like to the eyes of the people in Tohoku, the visitors and the people who worked hard to actually build them. What kind of connections and culture will they generate from there?

苦難の時にこそ、物質的、金銭的なサポートだけではなく、人々が実際に集まり、話し、繋がり、音楽を奏で、踊ることは必要だ。街を壊滅させ、人々の心の中にテクスチャーを残した震災、その苦難や非日常的な経験の中からどのような新しい表現、音楽が生まれてくるのか、瓦礫の中からどのような芽が出て育ってゆくのか、そしてこれから彼らの表現を目撃した人々がどのように感じるのか、これからも注目していきたい。

Hard times require not only financial and material supports but also people gathering, talking, connecting, playing music and dancing together. 3.11 disaster devastated Tohoku area and left a texture in people’s hearts. It is worth paying attention to the new expression, music and culture coming out from the people who experienced this out-of-ordinary disaster, and how their expressions make the audience feel.

September 7, 2013

【三条楽音祭】色濃くおもしろくなる地方:行政とクリエイティブな市民の共同作業

2013/9/8 ー新潟県三条市

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先週末9月1日、新潟県三条市のヒメサユリ森林公園で、第5回三条楽音祭が行われた。三条楽音祭は、三条市の行政と地元のオーガナイザー(市民)達が合同で行っているユニークな野外音楽フェス。今年は参院選に立候補した三宅洋平さんのバンド(仮)Albatrusや、鎮座DOPENESS & DOPING BAND、内田コーヘイカルテッド、アコースティックス&ソウルギャングなどが出演。こだわりのある手作りの品物が並ぶ物販や飲食も充実し、県内外からやってきた約50店舗が会場で出店。そして入場料は無料。

三条楽音祭の実行委員長は新潟出身の顔の広い金子洋さん。金子さんは弟の剛さんが7年前に東京の吉祥寺から故郷である新潟へ逆移住したタイミングですぐさま「越後Jah推進委員会」を発足。弟の剛さんや仲間達が「越後Jah推進委員会」の実行委員となり、新潟で野外音楽フェス”ONE JAH”など、様々なイベントを始動する。約2週間後に迫っている2013年度のONE JAHは9月21、22日の2日間で、会場は彼らの聖地であるヒメサユリ森林公園。金子さんは三条楽音祭と比べてONE JAHは「もっと手作り」だと描写する。

金子兄弟

金子兄弟

彼らが市と合同で三条楽音祭やることになったきっかけは中越地震後に行ったチャリティーイベント。「越後Jah推進委員会」がチャリティーイベントで集めた募金を中越地震復興の為に寄付をしたのを知った三条市が「越後Jah推進委員会」に声を掛け、 地方豪族のような雰囲気を持った地元の音楽関係のオーガナイザー達と行政のコラボ企画作業が始まる。

行政と共同でイベントをやることで、市から予算が出たり、市から様々な物を借りれたり、公共施設が使えたり、学校などにフライヤーやポスターを貼ることができたりと、具体的なメリットは多い。そして市にも人々が集まれる場所と時間と生の文化に触れる機会が生まれる。普段あまり混じらないものが混ざり合い相互的に感化し合うことで、新しい発想や関心やコミュニケーションや活動が生まれ、地域で豊かな暮らしや特有な文化やシーンを共同で作る意識がさらに育ってゆく可能性も大いにある。

会場であるヒメサユリ森林公園は山間にあり、複数の原っぱが高低差をもちながら段々畑のようになっており、眺めが非常に良い。当日は一番上の原っぱに飲食関係、真ん中の原っぱにステージ、その下の原っぱに物販が設置された。

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当日は夕方まで雨が降ったり止んだりだったが、三条楽音祭は雨天決行。大人も子供も泥に汚れながらステージや積み上げられたアンプの山の前で音楽を体で感じ踊った。

今年のトリは(仮)Albatrusで、三宅洋平さんは、自分のやりたいと思っていたこと、自分の人生計画を横に置いて選挙に出て、世界平和や地球環境の為に自分を捧げているうちに、もしかしたらそれが自分のやりたいことだったのかもしれないと思い始めた、と選挙後の今の心境を話した。そして聴衆にも、これから国づくりをしていく上での「クリエイターであって下さい」と様々な方法やレベルで積極的に政治に参加してゆくことを呼びかけた。彼の姿勢は選挙中と全く変わらない。(仮)Albatrusのライブ中は、会場にいたほぼ全員がステージに集結して熱心に音楽とメッセージに耳を傾け、選挙フェス中と同じ一体感のある熱を伴った雰囲気があった。

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三条市の人口は10万7千人、新潟県のほぼ中央に位置し、町の面積は約430平方キロメートル。市長は國定勇人さん。國定さんは町を活性化する為に、三条市と同じ規模の人口10万人を有するドイツの町、エアランゲン在住のジャーナリスト高松平藏さんを招き、スマートウェルネス三条推進講演会「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」を開いたりと、健康的で文化的な地方のあり方を学び取り入れるために広い視野を持って市政に励んでいる。

日本には市が769、町が746、村が184、特別区が23、指定都市が20、合計1742の地方自治体がある。三条市のように、クリエイティブな市民と行政が関わり合えば、おのずと地方にも個性的で魅力的で濃い文化がどんどん育ち、今までと違った形の地方での暮らしや文化の形成が展開されてゆくかもしれない。

August 20, 2013

プロジェクトFUKUSHIMAレポート: 新しい文化、再生への意識を福島から世界へ PROJECT FUKUSHIMA REPORT: Sending Out The New Culture And The Consciousness Of The Regeneration From Fukushima To The World

2013/8/20

日本にとっての終戦記念日でもある先週8月15日に、大友良英さん、遠藤ミチロウさん、和合亮一さんが代表を務める、プロジェクトFUKUSHIMAの企画の1つである、フェスティバルFUKUSHIMAが福島市の街なか広場で行われた。フェスティバルFUKUSHIMAは、震災のあった2011年に始まり、今年が3回目。

Hideyoshi Ohtomo, Michirou Endou, Ryouichi Wago hosted “Festival Fukushima” at Machinaka Hiroba (park) in Fukushima city on August 15th, also an anniversary of Japan’s WWII surrender. Festival FUKUSHIMA is one of the many projects of Project FUKUSHIMA which started in 2011 after the 3.11 earthquake, tsunami and the nuclear disaster.

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イベントには、遠藤ミチロウ、長見順、坂本龍一、勝井祐二、ユザーン、大友良英、テニスコーツ、浜田真理子など、数多くのミュージシャンが出演。会場にはプロジェクトの「工場部隊」が全国から送られてきた様々な柄や色の布を利用して作った味のある大風呂敷が敷かれ、広場の中央には盆踊りの為の櫓が建てられ、福島県内外から多くの人々が来場した。

Musicians who played at the event were Ryuichi Sakamoto, Yoshihide Ohtomo, Michirou Endou, Yuji Katsui, Jyun Nagami, U-zhaan, Tenniscoats and Mariko Hamada and more. The “factory team” made a huge piece of “furoshiki” with various fabrics with different colors and patterns that were sent from all over Japan. The “furoshiki” was spread on the ground of the festival site. They built a tower for Bon festival in the middle of the site. Many people came to the festival from in and outside of Fukushima.

フェスティバルFUKUSHIMAは、主催の大友さんの人柄が繁栄され、終始愉しくゆるく進行された。会場全体に気を使わない心地よい一体感があり、参加者の皆がフィードバックをしながらジャムをやっているような柔らかい人間らしい手作りの温かい雰囲気が終始あった。

Reflecting Mr. Ohtomo’s personality, the event was very laid-back. There was a sense of comfortable togetherness and warm hand-made atmosphere as if everyone at the festival was jamming and giving feedback to each other.

筆者は会場で出会った人々にインタビューを行い、楽しい話、真面目な話、そしてプロジェクトFUKUSHIMAについての、様々な話や想いを聞いた。

Hinotori Shimbun interviewed people at the site and heard fun stories, serious stories and various thoughts about Project FUKUSHIMA.

まず、インタビューを受けてくださったボランティアの方は、プロジェクトFUKUSHIMAの良いところは、声高々に反原発を主張するわけでもなく、敢えて目的や趣旨が明確にされていないというところだと言う。プロジェクトFUKUSHIMAに集まる人々は、主催の大友さんの声で集まり、皆で1つのものを作り上げるという共同作業が楽しくて毎年集まっている。プロジェクトFUKUSHIMAは、人々が何の説明や目的もなく、ただ集まり、共同作業をし、時間を共有し、1つのものを作り上げる「きっかけ」として機能している、参加者にとって年に1度の同窓会のような場であり、夏の風物詩になっている。

One of the volunteers said that a good thing about the project FUKUSHIMA is that they have very loose way of protesting against the nuclear power. There is no sign saying “NO NUKES” or people giving out flyers against nukes. There isn’t clear purpose or main point for the event. People who gather at Project FUKUSHIMA do so because it’s simply fun to gather and create this event together once a year. Mr. Ohtomo created an opportunity for people to gather, work together, share the time and create a scene. Project FUKUSHIMA is like a whistle for the unite. It has become like a reunion for participants and a scene of the summer time.

仙台の苦竹という街からやってきた門脇さんは、プロジェクトFUKUSHIMAに感化され、自分の住む街で音楽仲間とプロジェクト苦竹という計画をおよそ 1年前に始動し、既に飲み屋や駄菓子屋などの活動基盤となるインフラ「ハードウェア」の整っていた街に、プロジェクト苦竹という文化的な「アプリケーショ ン」をインストールし、新しい街の使い方、見え方を模索している。

Mr. Kadowaki who came from a town called Nigatake started his own project with his musician friends in his town called Nigatake in Sendai about a year ago. He says that Project FUKUSHIMA inspired him to start a similar project in his own community. Nigatake already has an infrastructure, “hardwear,” such as bars and snack shops, so Mr. Kadowaki wants to install an “application,” Project Nigatake, and explore new ways of looking at the town Nigatake.

出演バンドの1つ、テニスコーツの植野隆司さんとサヤさんに、福島に来るということについて複雑な気持ちはしないのかと質問をすると彼らは、プロジェクトFUKUSHIMAは福島に来る「きっかけ」をくれるものであり、ここに人が住んでいるから福島に来る、行きたいから行く、自分が見たいものを見に行く、福島に元気を貰いに来る、難しいことは抜きでそれでいいと語った。

I asked a question, “how do you feel about visiting Fukushima where the level of radiation is high?” to Takashi Ueno and Saya from Tenniscoats, one of the bands played at the event. They said that Project FUKUSHIMA is something that gives them an opportunity to come to Fukushima. They like to visit Fukushima because there are still people living in Fukushima, they visit because they simply wants to, they go see what they want to see, they come to Fukushima to get the good spirit. They say that they don’t need complicated rationalization to come to Fukushima.

イベント終了後にインタビューを受けて下さった、2011年から毎年イベントに参加している現在ROVOなどで活動しているヴァイオリニストの勝井祐二さんは、今年の「盆踊り」企画はとても良い手応えがあったと感想を述べてくれた。

Yuji Katsui, an electronic violinist from ROVO who’s been participating in Project FUKUSHIMA since 2011, mentioned that this year’s Bon festival was a success in an interview after the event.

「2年前と1年前と今年はそれぞれいろんな意味で福島と福島の人と、そして僕たち自身の状況もすごく変わっているし、2年前のプロジェクト福島の時 は、とにかく福島に行って何ができるのか、自分たちが確認することがすごく大切だった。とにかく福島に音楽を届けたいという気持ちがすごく強かった。そして2年目、3年目は、いつも自分たちが普段東京とかでやっている音楽をそのまま福島に届けに行くのではなく、福島から新しい何かを発信できるかどうかというところに転換してきた。それが今日やった盆踊りの『ええじゃないか音頭』とかそういうことだと思う」と、プロジェクトFUKUSHIMAのあり方や趣向の推移を話してくれた。

“Many things have changed since the disaster. Situations surrounding Fukushima, people in Fukushima and people outside of Fukushima like myself were in different situations 2 years ago, last year, and this year. 2 years ago, it was very important for us to just go to Fukushima to know that there was something we can do for Fukushima.  In 2011, the first year, we had a strong desire to come to Fukushima and play music for the people in Fukushima. Then we realized that it was better to create something new from Fukushima and send out the new culture from Fukushima to the world instead of playing regular music that we usually play in anywhere else like Tokyo. So after the 1st year the focus of this project changed. ‘Eejyanaika Ondo (It’s all good song)’ that we played tonight is one example,” he talked about a shift of the project FUKUSHIMA’s focus over the course of 3 years.

原発事故や、決して安全とは言えない福島に人を集めることについては、「原発事故についての議論や原因究明や収束はもちろんしなければならない、しかし何よりも先にやらなければならないのは、『怪我をして血を流して倒れている』福島を助けること。まずは倒れている人を助ける、怪我を直すこと。福島の外にいる人と中にいる人が今日のような場を共有することが大事。希望が持てるような状況を作りたい」と語った。

He also said that helping Fukushima who is bleeding on the ground is what they need to do first even though discussing, investigating and fixing the nuclear disaster is obviously necessary.  Helping Fukushima who’s bleeding on the ground, helping people who fell and taking care of their injuries are the priority. “It is necessary to bring people together from in and outside of Fukushima and share experience like we did today. We want to create a situation that people can have a hope,” he said.

原発事故という1つの事態に対しても様々な考え方、捉え方がある。プロジェクトFUKUSHIMAをやるにあたって福島で集まりイベントをやるということについては、「良いか悪いか」という単純な問題ではない、と勝井さんは言う。

There are many ways of perceiving and thinking of one nuclear disaster. About having an event in Fukushima, Mr. Katsui said that it is not a type of simple question that can be answered by just “yes” or “no” or “good” or “bad.”

「自分の考えを元に、今日ここに行って、こういうことをしたいから来る。そのような人々がいて、福島の人々がいて、そのような人々が集まり共有する。東京にいて福島が大変だと言っていても、来てみないとわからないことがたくさんある。線量が高いというようなこともあるが、実際に人々が生活を営んでいる場所である。そこに来るだけで意味があると思う。その人々に会いにくる、見に来る」

“People come here today and do these things because they decide that they want to based on their own thinking. There are people like that, people in Fukushima and these people gather and share the experience. People always say that “Fukushima is having a trouble” in Tokyo, but there are many things we cannot understand unless we actually come to Fukushima. Radiation level is quite high here, but this is also a place where people live and work. Simply coming to Fukushima is meaningful. We come to meet those people, we come here to see them.”

勝井さんにとっても原発事故は、彼自身に関するあらゆるものを変えてしまった事件だったと言う。原発事故が起きた後、30年以上音楽活動をやってきたが、音楽をそもそもやっていくのかどうかというところから考えざるを得ないような状況だったと語った。

Mr. Katsui said that the Fukushima nuclear disaster changed his life in many ways. He has been playing music for more than 30 years, but he even had to think about if he should keep playing music.

「自分の人生、自分の表現も変わった。自分のやるべきことは何なのか、全て1から考え直した。大友さんや、今日参加した多くの人もそう。それから繋がってゆく人達も増えた。しばらく会っていなかったミュージシャン達とも、それがきっかけで繋がっていく機会が増えた。311の後、新しい生命力のようなものがないと僕らは生きていけなかった、そういったようなものが必要だった」と勝井さんは言う。

It was that kind of situation, he said. “My life changed, my expression also changed. I had to think everything over and figure out what are the things that I should do. That’s the same for Mr. Ohtomo and many musicians that played today. The opportunities to reconnect with old musician friends also increased because of the disaster. After 3.11 we couldn’t keep living without some sort of a new spirit, we needed something like that,” Mr. Katsui said.

筆者が8月15日に福島で様々な人々と出会い、話を聞いて一貫していたことは、プロジェクトFUKUSHIMAに参加している人達が、新しいものを共同で作り上げ、それを福島から発信するという作業、そして皆で集まり時間を共有するということを純粋に楽しんでいるということだった。そして彼らは「福島」を、名前を聞いただけで嫌な気持ちのする地名ではなく、逆にむしろ新しいことが発信されている、再生への希望が持てるような地名にしていきたいという想いの元に企画をしている。記者会見で大友良英さんは、「最近は『盆ビート』がきてる、とか言って福島発の音楽についてロンドンの奴らが話すようになるかもな」と楽しげに話した。「ええじゃないか音頭」は、プロジェクトのスタッフによって作詞され、大友さんによって作曲プロデュースされた、フェスティバルFUKUSHIMAの為のオリジナルのチューン。当日の盆踊りは、全てオーケストラFUKUSHIMAによる生演奏で、唄もマダムギターこと長見順さんと遠藤ミチロウさんによる生唄で行われた。

What was consistent about the people who participated in Project FUKUSHIMA was that they all simply and purely enjoyed creating something together, transmitting the music and art they made in Fukushima to the world and sharing time together. One of the aim of the project is to change the image of Fukushima from something that people feel bad or annoyed when they hear to something that people feel hope of regeneration. They want to make Fukushima a symbol of regeneration where new culture is created. In the press conference, Mr. Ohtomo fondly said, “I imagine kids in the street of London talking that ‘bon-beat (of bon odori)’ is cool.” “Eejyanaika Ondo (It’s all good)” is an original bon dance tune that created by the project FUKUSHIMA. On August 15th, Orchestra FUKUSHIMA performed this song live, Jyun Nagami played the guitar and Michirou Endou sang as the people lively danced.

彼らは福島の中と外を繋ぎ、新しい文化を福島から紡ぎ出し人々の間に絆を生み、発信し、意識の持ち方の転換、状況の捉え方の転換をしようとしている。イベントに足を運んだ人々は、そんな彼らの想いを感じたのではないだろうか。予習無し、どちらかと言うと懐疑的な気持ちで会場に足を運んだ筆者も、彼らの想いをはっきりと肌で感じることができた。

Project FUKUSHIMA is trying to make a bridge that connect Fukushima and outside of Fukushima, weaving a new culture from Fukushima and tying people with a real bond, transmitting their ideas, shifting the way of consciousness surrounding Fukushima and the way of perceiving the situation. People who attended the event probably sensed that intention. I went to this event without doing much research. I was rather skeptical about this event, however the intention of the event was thoroughly humane and they were succeeding at what they wanted to do.

記者会見で大友さんは、「福島の中の人と外の人がぶつかるエネルギーが必要」だと言った。「怪我をして血を流して倒れている」福島を孤独にしてはいけない。「ええじゃないか音頭」の歌詞には、「シャッター街」や「線量」など、福島だけでなく日本の様々な場所に空気のように存在しているが、それほど騒ぎ立てられない現状も皮肉っぽく、ユーモラスに、あっけらかんと組み込まれている。福島に対して限定的に悪い印象を持っている人も少なくないかもしれないが、様々な事柄は福島だけの問題ではなく、日本のあちこちに存在している共有されるべき問題だ。

“It is necessary to make an opportunity to crash the energy of the people in Fukushima and the people outside of Fukushima,” Mr. Ohtomo said in the press conference. We must not abandon injured Fukushima who fell on the ground and bleeding. There are words like “’shuttered local shopping district’ and ‘radiation level’ which exist like atmosphere all over Japan in the lyrics of “Eejyanaika Ondo.” The song is very humorous and innocent even though it poignantly includes the serious situation of Japan. Some people might exclusively have a bad image against Fukushima, however many problems are actually something that should be shared by everyone.

8月15日に、福島に集まった人々は、汚染された土地で、様々なことを充分頭で理解した上で、現実を直視しながら「ええじゃないか」と唄いながら踊ったのだ。

People who gathered in Fukushima on August 15th sang “it’s all good!” and lively danced in the radioactive place while understanding and straight up facing the reality of the Post 3.11 world.

収束の目処が立たない原発事故後の世界という極めて難しい状況の中で生きていくためには、おそらく科学や政治や経済や言葉や理論だけでは足りないのだろうと思う。あらゆる理由付けや不安や矛盾を越えて、私達は集まり、祭りをし、唄い、踊ることが必要な時もある。人間が持つプリミティブで、命を持つものなら誰でも持っている、言葉では定義しきることのできない人間のエネルギーや心、そういったものを人々が集まり、集結させて爆発させることが今、この惨事を経験してもなお生きていくために、前に進むために必要なのではないだろうか。絶望的と思われる状況下で人々に希望を与える。それが祭り、音楽、アート、文化のなせる技なのではないだろうか。そしてプロジェクトFUKUSHIMAはそれを見事にやってのけていると感じる。

The world doesn’t know how to put an end to the Fukushima nuclear disaster. Radiation is emitted from Fukushima Daiichi everyday into the atmosphere and to the Pacific Ocean. To keep living in the Post-Fukushima world, probably science, politics, economics, words and rationals are not enough. Sometimes people need to transcend all the reasoning, insecurity and paradox and simply gather, have a Matsuri (festival), sing and dance. In order to keep living and going forward in the Post 3.11 world, it might be necessary for people to assemble and let their primitive and indescribable type of energy explode. Generating hope in the desperate situation. That would be the special skill of matsuri (festival), music, art and culture. And I feel that Project FUKUSHIMA is actualizing that beautifully.

筆者は当日会場に行くまで、福島で敢えてこのようなイベントを行う理由を上手く見つけることができなかった。会場である街なか広場の角にも「除染をしています」と書かれた看板がある。しかし実際に足を運んでみないとわからないことは、本当にあるのだ。

I couldn’t find a reason to hold an event like this in Fukushima till I went. There is a sign that says, “We Are Cleaning Up The Radioactive Materials” at the corner of the park. However, there really are things that we can’t understand unless we actually go there and experience.

最後に、和合亮一さんが櫓の上から朗読した詩の掲載をもって、レポートの終わりとします。

At last, I end this report with a poetry performance by Ryouichi Wagou.

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

我らは踊り明かすだろう

手を叩き 足踏みならし

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

我らは叫び 我らは聖者 我らは思想 我らは祭り

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

我らは踊り明かすのだ

声を上げて 汗拭って

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

我らは真夏 我らは足跡 我らは入道雲 我らは祭り

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

我らは踊り明かすのだ

手をかざし 夜 風に吹かれて

我らはふるさと 我らは交響曲 我らは群像 我らは決意

我らは踊り明かすのだ 語り合うのだ 解り合うのだ

我らは生きる 我らは祭り 我らはお囃子

我らは言葉 我らは生きる 失われた命の為に

我らは生きる 生きることのできなかった魂の為に

我らは生きる 生まれ来る新しい命の為に

我らは生きる 緑 風 土 水 の為に

ふるさとを取り戻す為に

あの日亡くなりし人々よ ここに集え

踊れ 語れ 泣け 叫べ 踊り明かすのだ

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

我ら亡くなりし人々の代わりとなって生きるため

さあ 我ら 踊る 心優しい鬼となろうぞ 叫び狂う鬼となろうぞ

ふるさとを守る鬼となろうぞ

亡くなりし魂を沈める 魂となろうぞ

我々は踊り明かすだろう 手を握り 歌くちずさみ

我らは祈り 我らは叫び 我らは足踏み

我らは遥か彼方 我らは踊り明かすだろう

踊りながら 今を噛み締める

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

我らは季節 我らは呼吸 我らは子供 我らは風

この街の子供 我らは鳥 我らは雲 我らは野道

我らはノミ 我らはお囃子 我らは太鼓 我らはとびしめ

我らは麦わら帽子 我らは調べ 我らはロックンロール

我らは大河 我らは何億頭の馬 我らは熱帯雨林 我らは入道雲

我らは鉄砲 我らはシオカラトンボ 我らは水田 我らはスカイブルー

我らは吾妻の山々 我らは阿武隈川

我らは言葉 我らは画用紙 我らは悲しみ 我らはジダンダ

我らはこぶし 怒りのこぶし

我らはエネルギー 透明なエネルギー 我らは口笛 我らは八月十五日

雲が追うてくる 雲が追うてくる

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

我らは 我らの命を生きる 命を生きる為に

ここに 集い 集まる 守る 福島を

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

どぅーた どぅーた どぅどぅどぅーた

あなたにそっと 落ちた木の実を知って欲しい

実を 木の実を 落とされたままの実を わかって欲しい

実を 木の実を あなたにそっと拾われたくて

この世界に 現れてきた 美しい実を

あなたの掌に その実の 重たさを 知って欲しい

この夏の 夕暮れに

あの日 亡くなりし人々に

捧げる プロジェクト福島

August 7, 2013

市民が建設的にムーブメントを成功させてゆく為に

2013/8/7

近年、世界の様々な場所で民主主義や社会正義や平和や地球環境保護を求めるムーブメントが起きています。日本でも、先月の三宅洋平さんの参院選での立候補は、従来の選挙キャンペーンの枠組みを大きく飛び越えて(彼本人は「ムーブメント」ではなく「時代」だと言っていますが)ムーブメントの始まりとなりました。では、社会正義や平和を求める市民側は、どのように建設的に社会をシフトさせていけばいいのでしょうか。

社会にはざっくりと分けると2つのサイドがあります。「権力側」と「市民側」です。この構図をごく単純に、一般的に解釈すると、権力側が市民側を統治しているということになります。しかし、権力は常に統治される側、民衆側の手中にあるというのが実際の状態です。民衆の力が権力にとって大きな脅威であるからこそ、権力側は市民側を押さえつける為に、様々な手法を用い、膨大な金と労力を費やします。民衆の意見や態度の統制が、社会そのものとなるからです。

もしも本当に権力が民衆側にあるのだとしたら、なぜ戦争、貧困、奴隷制、核開発、遺伝子組み換え食品の開発、地球環境の破壊など、様々な人類の未来の為に望ましくない状況が世界の至る所に蔓延しているのでしょうか。その理由の1つは、市民側を押さえつける為の権力側のプロパガンダが非常に良く民衆に浸透し、それがそのまま社会風土となってしまっているからです。

例えば、日本では政治に対する「無関心」ということが長年問題とされてきました。日本人は実際のところ自然な流れとして必然的に「無関心」になってしまったのでしょうか?この「無関心」という状態は「無力感」や「諦め」とは判別されなければいけません。多くの人が「無関心」である理由として、「どうせ政治や社会は変わらないと思うから」と述べます。それは「無力感」や「諦め」の感情で、必ずしも「無関心」ではありません。つまり、現状に満足しているわけではないけれど、自分たちにはそれを変える力が無いと思い込んでいるのです。そして「無力感」や「諦め」は、自然に人間が持つ感情ではなく、報道やプロパガンダや社会風土によって外部から人々の心の中に植え付けられる感情です。つまり、変えることができるものです。

実際、現状を変える為に一般の市民ができることは数多くあります。しかしそれが行われない、起こらないのは、どうせ自分達が何をしたところで苦しい現実は変えることができない、自分たちは耐え忍ぶしか無い、と権力側が民衆に思い込ませることに成功しているというのも1つの理由です。

市民側の力を押さえつける為に、権力側はもちろん直接的な弾圧や、構造的な暴力をふるうこともあります。貧困を作り出したり、人々を分断し憎悪を煽るようなプロパガンダキャンペーンをしたり、地域コミュニティーを破壊すような社会構造を確信犯的に推進するのも1つの権力による暴力の形です。

それに加えて、現在は長い年月をかけて権力や大企業、(権力と大企業は同義語といっても差し支えないでしょう)が多大な労力を費やして推進してきた、資本主義や新自由主義、物質主義や消費至上主義のイデオロギーが世界規模で蔓延し、常識化し、人々の感性として内面化すらしています。

他人や社会のことは考えずに自分の富を増やせ、人権や社会正義や地球環境よりも経済を優先せよといったようなイデオロギーや、労働者や地球環境を搾取し破壊すればするほど成長する資本主義、消費経済のシステムがこの先も一般的に良きもの、もしくは受け入れざるを得ないものとして認識され続けるなら、未来は明るくありません。

それでは権力や大企業に対抗する為に、市民側は何ができるのでしょうか?

まずは、市民側が自分達に社会を立て直し、舵を取り、自由に生きる力があると認識し、目覚め、行動する為の意識改革が必要となります。意識改革をもたらすものは様々で、多くの場合リーダーがいますが、オキュパイ運動のように、1人の特定のリーダーを持たないムーブメントもあります。

それから自由へと向かう複合的な統一体の形成。その形成には、市民側の組織化や、地域ごとの自発的に機能するコミュニティーの創出が必要となります。これらのことが必要な理由は、細分化され、人と人がばらばらになったコミュニティーには力が無いからです。個人が孤立してしまう細分化された社会というのは、権力側にとって最も統治しやすい社会でもあります。団結を強め、自分たちのコミュニティーに必要とされることをコミュニティーの人間で実践し、可視化し、政府や企業への依存を減らしてゆくことで自信が生まれ、不安が払拭されていきます。地域に良い影響を与えられれば、仮にムーブメントにネガティブなイメージがあったとしても払拭することができます。

ムーブメントがすぐに結果を出すことができないとしても、根気よく語り、伝え、組織化を進め、外部の人々にも働きかけ続ければ影響を序所に広めることができます。

この世界に住む大多数の人々はおそらく社会正義や平和を望んでいるでしょう。その圧倒的な民意を少しずつ実現していく為に、市民側も組織化を図り、団結を強め、建設的に、戦略的に取り組んでゆく必要があります。なぜなら権力側や大企業は、既に巨大なネットワークを築き、長年に渡って意識的に、戦略的に彼らの目的を達成してきたからです。

参考文書

アメリカを占拠せよ! ノーム・チョムスキー

July 8, 2013

アースガーデン・福島フェス・選挙フェス:音楽をきっかけに政治への関心を

7月8日ー東京

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7月6日土曜日は、選挙フェスだけではなく、代々木公園でエコやオーガニックや多様なライフスタイルがテーマとなっているアースガーデンという、春、夏、秋、冬に一度ずつ行われるフェスも行われた。アースガーデンは300軒以上の出店/展があり、ライブステージが会場のあちこちに儲けられ、一日中音楽が鳴り響くカラフルでバイタリティ溢れるフェスだ。そして今回の夏のアースガーデンには、「もっと福島を知ろう」というテーマの元、福島フェスminiも参加。お店を出していた福島県民の方々から、復興、原発事故、エネルギー政策、これからの日本への願いなどを聞いた。

そして午後2時から渋谷のハチ公前で行われた選挙フェスでは、脱原発をするためには考えていかなくてはいけない項目の1つである日米原子力協定について暴き、広めてきたプロのブロガー座間宮ガレイさんが登壇し、ネットの外の公共の場で始めて日米原子力協定について熱弁した。「引きこもりブロガーの座間宮ガレイです!」と威勢よく登場し、原子炉を車、プルトニウムをガソリンに例えて、原子力ビジネスについて分かり易く解説した。

下のビデオは、最初の5分が渋谷ハチ公前の選挙フェスの様子、後の5分が選挙フェスに居合わせた人々の街頭インタビューになっている。インタビューに答えてくれた人達は、三宅洋平の若い人達にも意識を向けさせようという姿勢を評価している人が多かった。若者のエネルギーが政治に入ってくることや、音楽が政治のことを考え始めるきっかけになるならば素晴らしいと感じている人は少なくないようだ。アーティストタイプの人は普通は政治にはあまり直接的には関わらないですよね?という質問を投げかけると、「税金を払っている以上政治とは無関係でありえない」とう的確かつ鋭い答えが返ってきた。

July 7, 2013

7月6日:三宅洋平と「選挙フェス」という新しい政治の感性

7月7日ー東京

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7月6日、東京、渋谷ハチ公前の特設ステージにて、炎天下の中「選挙フェス」が午後2時から8時まで行われた。この「選挙フェス」という政治をまつりごとにしようという、日本では前例のないコンセプトを発案し、見事に実行に移し多くの聴衆を集めているのは、緑の党推薦候補、全国比例で立候補している三宅洋平さんだ。7月4日に選挙戦幕開け以来、胸に直接響く言葉と感性と音楽と、アメリカで始まった世界的な市民運動オキュパイ運動を彷彿とさせるビジョンを力強く披露し、今までの日本の選挙には前例のない臨場感やある種の予感や期待を生み出している。

なぜミュージシャンである三宅さんが参院選で立候補するのかについて三宅さんは、「日本を僕ら色にちょっと染めたい」と言う。つまり、今の日本を変えたいならば、自分達のような感性を持った人間がまずは政治に混ぜてもらわなければいけないと彼は考えたのだ。

「俺は選挙を絶対に楽しくしたいの。政治を必ずおもしろくしたいの。眠ってるみんなを覚ましたいの。おかしいことをおかしいと言える人々にしたいの」彼はこう言う。「おかしいことをおかしいと言える」これは原発事故後の政府や東電の対応を見ている多くの見識ある国民が感じていることではないだろうか。しかしそのような声を繁栄してくれる政治家は出て来なかったし、言っても説得力のないということがほとんどだった。しかしミュージシャンであり、市民との距離が極めて近い三宅洋平の選挙フェスでのライブや街頭演説を見つめる人々の中には、この人なら自分たちの声をきちんと国会に持って行ってくれるかもしれない、と感じていた人々も少なくないのではないだろうか。

三宅さんが演説中に言った「なんで山本太郎だけ10円ハゲできてんの?なんで俺の声だけ枯れんの?」という言葉が筆者には印象的だった。これは有権者も一緒に戦わなければ、2人だけの力では勝てないという意味だが、同時に痛快な「おまかせ民主主義」への批判ではないだろうか。市民が無知であることを意識的に拒み、勉強し、社会について考え、積極的に政治について話し合ったり参加することは本来民主主義社会の理想だ。日本が良くならないのは何も政治家だけのせいではない。市民の無知や無関心はいつか治さなければいけない民主主義にとっての病気だ。

そして「家に帰ったらみんなの番だよ」とも三宅さんは言っている。それは野党や無所属の新人で、選挙資金の少ない山本太郎さんや三宅洋平さんのような候補者を勝たせて国会に送るには、応援する人間が一票入れるだけではなく、横の繋がりを広げ、周りの友達や家族が自分の応援する候補者に票を入れてくれるように、応援する側も候補者と一緒に戦わなければいけないという意味だ。ネット選挙が解禁になった為、ソーシャルネットワーキングサイトを有効に利用して、選挙資金の少ない若い候補者が戦えるかどうかというのもこの選挙の見所の一つだろう。

昨日の渋谷での選挙フェスでは、数々のミュージシャンの出演に加え、プロのブロガーであり、日米原子力協定という脱原発の為にはネックとなる協定について暴いている座間宮ガレイさんの初の公共の場での演説があった。そして東京選挙区に無所属で立候補し、原発問題やTPPについて、見識に基づき厳しい言及をしている山本太郎さんも演説を行った。

昨日の渋谷ハチ公前での「選挙フェス」での雰囲気は、筆者がアメリカのニューヨークで経験したオキュパイ運動が始まった時の雰囲気と酷似していた。オキュパイ運動とは2011年9月にアメリカで始まった市民運動。アメリカでは超エリートである人口のたった1%の人々が、国の40%以 上 の富を独占し、もちろんロビー活動により事実上政治を動かしている。そしてアメリカ式資本主義により、傷つけられ失われてゆくものは、底辺の労働者達や、 環境や文化だ。破壊すること、搾取することによって成長する経済の構造、システム、銀行や大企業に、真っ向から声を上げたのがオキュパイ運動だった。力なき声なき市民の声を代弁したオキュパイ運動はあっという間に世界中に広がった。

この参院選をきっかけに、日本からも良い流れが生まれるのではないだろうか。日本や世界の未来は私たち一人一人にかかっている。今まで選挙や政治に興味がなかった人達も、とりあえず選挙フェスに出かけてみるといいだろう。音楽や人間らしさが溢れる選挙フェスによって選挙のイメージが覆され、政治に関心を持つきっかけになるかもしれない。

三宅洋平オフィシャルサイト https://miyake-yohei.jp/

June 24, 2013

ジャーナリスト堀潤、日本のメディア界に新しい風を吹かせる Jun Hori: Finally Someone Sane With Passion and Vision From Japanese Media Industry

6/24/2012 -Tokyo

今年3月にNHKを退社した堀潤さんが、日本でのジャーナリズム環境を変える為の新しい試みをしている。8bit Newsを創設し、市民ジャーナリズムの活性化をはかってきたきた堀さんの新たな取り組みは、市民の発信力の底上げ。堀さんは6月12日に講談社にて、著者でありフリーのジャーナリストである牧野洋さんをゲストに迎えて第一回「僕らのジャーナリズム学校」を開催した。参加費は無料で、イベントではトークとワークショップが行われた。ジャーナリズムの基本である事実に基づいた報道の大切さや、プロのメディア人と市民が共同でニュースを作ることによって生まれてくる可能性、スマートフォンなどを利用した発信方法など、様々なトピックがカバーされた。

「僕らのジャーナリズム学校」の会場には、毎日内容の詰まった発信を世界に送りつけている、闇のエンターテイナー座間宮ガレイさんなども出没。座間宮さんは参院選スペシャルということで、現在は2018年に効力の無くなる、そして2018年が来た時には日本政府は必ず更新しようとするであろう「日米原子力協定」について毎日リサーチに基づいたメールマガジンやYouTubeを利用した発信をし、日本中の市民を賢くしようという企てをしている。

堀さんは、8bit Newsを一年間やってきて、現在改善の為のリニューアルの時期に来ている為、クラウドファンディングを利用して資金集めをしている。(http://shootingstar.jp/projects/14)目標金額は三百万円で、今のところ半分ほど集まっていて、残り期間はあと48日間。期間以内に三百万円集まれば、めでたく活動の為の資金を獲得することができる。

クラウドファンディングとは、プロジェクトに必要な資金を一般の人達から募るという資金集めの方法。アメリカではキックスターターやインディーゴーゴーなどが主流で、中小企業、ミュージシャン、アニメーターなど、幅広い人達がプロジェクトの資金集めに利用している。日本では映画監督の湯浅正明さんが2000万円の資金をクラウドファンディングで調達し、Kick-Heart覆面舞踏会というアニメーション映画作品を製作した。利益を出さなければいけない、確実に利益を出すには従来型の「ウケる」とわかっているものを作った方がリスクが少ない、という理由で新しい試みを敬遠しなかなかお金を出したがらないのが時に企業などの上にいる人間の欠点なので、このクラウドファンディングというのは、おもしろい優れたアイディアを持った、だけどアイディアが斬新であるが為に組織から投資してもらえない、もしくはコネを持っていない個人などがアイディア勝負で資金を集めるのに役に立っている。

アメリカの市民メディアだと、デモクラシー・ナウ(democracynow.org)のようなメディアは、完全に市民の寄付によって成り立っている。宣伝広告費から運営費を得るメディアと違った独立したメディアの強みは、企業や国からお金を貰わないことによって、独立した立場で、きちんと市民の為のジャーナリズムができるというところだ。上杉隆さんのジャーナリズム崩壊を読んでもわかるように、日本のジャーナリズムは世界的に見ても稀な、かなり権力に寄り添いながらのジャーナリズムだ。しかし寄付で成り立つメディアは、資金も全て質の良いジャーナリズム報道を求める意識の高い市民から来ているので、おのずとメディア側の正義感や使命感も強く、報道も表面的な垂れ流し報道ではなく、内容的にも突っ込んだものが多い。しかしそれは寄付文化あってのものなので、これから日本で寄付文化を根付かせることができるかどうかというのは大事になってくる。

私利私欲の為では無く、倫理を以て社会の為に動いてくれる人間、恐れずに新しい試みをしてくれる人間、そういった人達を資金面で応援することができるのがクラウドファンディング。とても意義のあるお金の使い方ではないだろうか。そして寄付をした人には、寄付した金額によって何かしらプロジェクトの主催者側からお礼があることも多い。堀さんは福島原発事故後に「国民の生命財産を守る公共放送の役割を果たさなかった」などと報道批判をしており、ジャーナリストとしての意思の強さや、これからの取り組みに対する決意の堅さが伺える。

堀潤さんの取り組みがきっかけとなり、寄付文化が一般的なものとして日本に根付き、既存の形にこだわらない質を追求する独立したメディアや、若々しく新しく、人間らしい文化が日本でこれからどんどん出てくることに期待している。

Jun Hori, CEO of 8bit News, a former NHK announcer who actively criticized Japanese mass media after 3.11 Fukushima nuclear disaster, quit NHK in March this year. Hori left NHK to establish a functioning media platform for the citizen journalism, in which professionals like himself and citizens work together to make news. He decided that it would take too long to achieve his ideal way of media in the massive conservative organization like NHK. If this effort succeeds, it will reduce the gap between what media reports and what citizens actually want the media to report. In fact, citizens will be participating in journalism.

Mr. Hori hosted the first round of “Everyone’s Journalism School” with a guest, an author and freelance journalist Yo Makino in Tokyo on June 12th. This event consisted of talk and workshop was free and live streamed on nico nico douga (www.nicovideo.jp). Educating and making stronger foundation of citizen journalism is one of his goals. He is currently trying to raise 3,000,000 yen (about $30,000) by crowd-funding. (http://shootingstar.jp/projects/14)

Why did Mr. Hori choose a hard way, grassroots efforts, instead of staying in NHK as some sort of elite, a popular announcer? Japanese journalism had a corrupt system such as “journalist club” for a long time. Even before 3.11, it was a general consensus especially among younger generation that the media industry, not just journalism, was corrupt. And 3.11 was probably a trigger. A trigger for Mr. Hori and a trigger for countless people to wake up and face what Japan has become of a “democratic” country.

The impact of 3.11 Fukushima nuclear disaster in a tiny country Japan, about the same size as California, was beyond devastating, and will be for a long time. Now even the capital Tokyo is blanketed by radioactive materials, and the radiation is in the food source and causing internal exposure which is even more dangerous. Radioactive materials such as cesium have been found in many different food sources. There are already 12 thyroid cancer confirmed among Fukushima children. However the authority says that it is not certain that these cases are caused by the nuclear disaster because it took 4 to 5 years for Chernobyl children to develop thyroid cancer. It’s been only about 2 years and 3 month since the Fukushima disaster. Usually thyroid cancer is found one in one million children. So Fukushima’s thyroid cancer rate among children is about 70 to 150 times higher than the normal chance.

When the disaster happened, Japanese government failed to prioritize its citizens safety, instead they worked very hard on covering up the severeness of the disaster and kept saying “it’s safe.”  Mass media failed to report the most needed information for the citizens to survive. Even today, many people including children, the most vulnerable to radiation, are still living in highly radioactive areas that are not appropriate for living. There’s not enough reporting about radiation nor the health risk of the exposure. Liberal Democratic Party keeps promoting nuclear energy and actively making nuclear agreements with foreign countries to sell nuclear power plants. And because the issue has been downplayed so much, citizens seems to just ignore the issue. There are many activists still going strong, however activists’ efforts are usually not covered by the media at all.

It is also likely that most of the Japanese citizens, except extremely dull and delusional ones, knew that the shit just got real after 3.11. Sane and powerless citizens thought that Japan was going to abandon nuclear energy and try to become a world’s leader of renewable energy or something because having nukes was never a good idea anyway. And those people who were smart enough to think like that need to make moves.

Jun Hori’s attempt in journalism will be crucial to Japan’s future of the media. Unlike the U.S., Japan doesn’t have donation culture. There is not much independent media that’s directly supported by the citizens. If donation culture get recognized more and become a common thing through Mr. Hori’s attempt with crowd-funding, Japan might get a bit more interesting.

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130612-00000010-mantan-ent

http://mainichi.jp/select/news/20130421mog00m040003000c.html